脳内ストーリー…壮大な闇の幻想物語
今までも何度か書いたことがあったでしょうか…
自我というものは、体験に基づいて
とんでもなく壮大な脳内ストーリーを作り出し
延々と、(ムダに)苦しみ続ける…って感じのこと。。。
これ、自分を見てみると
ホントによくもまぁ、これだけ中身の濃い
ストーリーを次々と作り出したもんだ…と
感心するくらいなんですよね〜
ここで、“そんなこと、どうでもいいんだけど”臭を
漂わせつつ、ワタクシの基本的なストーリーを
何本かご紹介させて頂こうかなと思います。
※とてもネガな内容ですので、
苦手な方はスルーでお願いいたします。
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〈基本のストーリー〉
両親は本当は男の子が欲しかった。
なので女の子で生まれた私は、要らない子供だった。
当然、愛されるわけはない。
※以下のストーリーは、これを基本として
脳内制作されてます。
〈家族との関わり関連〉
私は家族からすらも愛されてないわけだから
存在してはいけない。
一刻も早くシヌべきだった。
それなのにまだ生きてるということは
生き恥を晒し続けてるということ。
私は仏事関連で、本当に嫌な思いをたくさんしてきた。
これは家族が私に与えてる罰なのだ。
私は生きてる限り、この罰を受け続け
苦しみ続けるしかない。
〈その他〉
基本的に私は、見捨てられてる。
どこに行っても私を助けてくれる人はいない。
私はこの世の果てで、孤独に野垂れ死ぬしかないのだ。
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・・・はい、こんな感じで…
今でこそ、はぁ〜やれやれ…エライコッチャ。。。( ̄▽ ̄;)
くらいの感覚で見ること出来ますが、
数年前までは頭の天辺までドップリ。
完全同化して、これらは絶対的な真実だと思い込んでたわけなのです。
一応書いておきますと、
幼少時の愛着不全(複雑性トラウマ)などで
安心・安全の感覚が育たないと、
どうしても孤独感と無力感を強く感じるように
なってしまうらしいです。
なので、これらの闇のストーリーが
全く見直されることなく、書き換えられずに
延々と自分の中で、確固たる地位を保ち続けたということも
まぁ致し方なかったのかも知れません。。。
正直、今でもこれらのストーリーに
感覚的に悩まされることはありますが、
それはそれで仕方ないかな〜…と思ってます。
自分の中から出て来たものであることは
間違いないので、無下に切り捨てて
なかったことにしようとせずに
“そうだよね、そう感じても仕方ないよね…”と
今の大人の自分がしっかり受け止めてあげよう…って。
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